サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会(S.Maria della Vittoria in Rome)は、ローマのテルミニ駅近くに建つ小さな教会です。でも、小さくてもとても人気のある、そして、素晴らしい歴史と美術品を誇る名門の教会で知られます。
建物は1608年から約18年の歳月を掛けて当時の名工カルロ・マデルノにより1620年に完成していますが、内装の豪華さに誰もが目を見張り、絢爛さにしばし我を忘れます。
《カルロ・マデルノ》
彼は1556年、イタリア系スイス人の建築家で、ティチーノ州で生まれ、ローマで建築家の修業をした後、その才能をいかんなく発揮し、バロック建築の先駆者の1人として知られるようになります。そして、40歳を迎えた1596年、サンタ・スザンナ教会のファサード改修するのですが、大きく両手を広げたような斬新で優雅なデザインが教皇パウルス5世の目に止まり、1607年にサン・ピエトロ大聖堂の主任設計者に任命されます。以来、サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会はじめ、このサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会など手掛け、イタリアにおけるバロック様式の発展に重要な位置を占めるようになってゆきます。ちなみにサンタ・スザンナ教会はこの教会近くに建ち、サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会はプッチーニのオペラ“トスカ” 第一幕の舞台となった教会で知られます。
教会に入った瞬間、上部を覆うバロック様式の天井画(ジョヴァンニ・ドメニコ・チェッリーニの作品)の素晴らしさに圧倒され、我を忘れるほど魅了される観客。でも、奥に進みこの画像の作品を目の前にすると、その誰もが再び足が動かなくなるのです。
《天井画》
天井にフレスコ画が描かれたのは既にカルロ・マデルノは天国へ旅立った後でしたが、1675年、ジョヴァンニ・ドメニコ・チェッリーニにより、装飾を凝らした枠の中に「大勝利」を表す主題の絵(「異教徒に勝利する聖母マリア」「堕天使の落下」)が描かれてました。
画像の作品はジャン・ロレンツォ・ベルニーニが1647年から1652年にかけて制作した傑作「聖テレサの法悦」S.Teresa traffita dell'Amoreです。
流れるようなドレープの法衣を着た中央のキリストを見てください。大理石という硬い材料を使用しながら、それをまるで粘土のように扱い、衣擦れの音さえも連想させる絹のしなやかさを見事に表現しています。聖女の歓びに満ちた柔和な顔からは尊敬する聖人に対面したその歓びがあふれ出てもいます。
彼の作品はそれだけではなく、この大理石像を飾るコルナロ礼拝堂の他、その他の大理石彫刻、フレスコ壁画、絵画など内装のすべてのデザインをベルニーニが手がけているのです。さしずめこの教会の美術監督とでもいうのでしょうか、彫刻家以外に、建築家としてその腕をいかんなく発揮し、これらすべてがローマにおける盛期バロック美術の最高傑作の一つにもなっているのです。 堂内にはそのほか、グエルチーノやドメニキーノの作品も保存されています。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598年12月7日-1680年11月28日)は、イタリアの彫刻家、建築家、画家ですが、彼はウルバヌス8世と親類縁者の関係にあり、法皇の寵愛を受けて育った芸術家です。また、古代遺跡が残る古都ローマは中世にあって彼の手により、絢爛豪華な装飾にあふれる美の都に変貌していったと言われるほど、中世のローマには欠かせない芸術家のひとりでした。
それゆえでしょう、先にも記述しましたが“ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた”と言われ、中世のローマの街造りに大きく貢献したバロック芸術の巨匠として知られるのです。
ですから、サン・ピエトロ大聖堂はじめ、ローマの街角の各所にベルニーニの作品は点在していますが、なかでもバロックの『光と影』『光の明暗』をフルに利用し聖女の悦楽の世界を描いた完成度の高いこの「聖テレサの法悦」は、バロック彫刻の世界の頂点として、また、ベルニーニの作品の中でも特筆すべき秀作として後の世までこうして賞賛され続けています。
《註》ウルバヌス8世(1568年4月5日~1644年7月29日)はバロック時代のローマ教皇であり聖職者ですが、でも、彼は聖職者でありながら政治家・統治者としての姿、学問と芸術の庇護など多方面に渡って威厳ある力を示し、文化・芸術の庇護者として、また、教会改革を進めた教皇で知られます。
サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会にはしなやかで、美しく、そして、歓びの世界を手中にした聖女が存在しています。それは観る者を惑わせ、聖なる時間を与えて、清新な世界へと導きもします。
そして、カラヴァッジョが提唱したバロックの世界が、ルネサンスからマニエリスムの時期を経過して、今ここにジャン・ロレンツォ・ベルニーニの手によって華麗に広がるのです。
《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》
(トラベルライター、作家 市川 昭子)